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2009.03.29 (Sun)

グールドが教えてくれる後期ロマン派の名曲

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 引き続きクラシック万歳!!



グールド・コンダクツ&プレイズ・ワーグナーグールド・コンダクツ&プレイズ・ワーグナー
(1994/06/22)
グールド(グレン)

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どうしようもなくロマンティクと自称していたグールドが、好んだロマン派の作曲家とは、ワーグナー以後の後期ロマン派の作曲家たちであった。その「後期ロマン派の時代に、大変悲劇的事態が生じた」と彼は云う。(「ぼくはエクセントリックじゃない」(音楽之友社刊))  「この時代の作曲家たちは――ワーグナーもリヒャルト・シュトラウスも、時にはマーラーでさえそうなんだけれども――音楽言語の和声的要素と主題的要素とを合体させることに驚くべき名人芸をそなえていたこれらの人々が、何故かピアノのためにはほとんど何ひとつ書かぬことを選んだのです。」
ここから彼の有名なピアノ編曲が始まる。ワーグナーの作品を自ら編曲し演奏した生前のアルバムに、彼自身が指揮をした「ジークフリート牧歌」も加えたCDが現在入手できる。 (晩年身体上の不調のために指揮者への転向を考えていたそうである。)

しかし、特にグールドの好んでいたロマン派とは、ワーグナーに留まらず、ブルックナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、また、初期のシェーンベルク (グールドが録音したピアノ曲は、無調または十二音技法時代のもの ), こうなるとグールドがそういう曲を編曲して弾くのを想像する他ない。(昨年十二月に発売されたDVDにそのほんの一部を観て聴くことが出来たのは幸いである )。
そこで私は、上にも引いた本やコットとの対談、また、彼の著作集などから知ることの出来る、グールドの好みの曲を聴いていくことで、彼の秘密に少しでも近づくことが出来るのではないか、と聴き始めたわけだが、それらの曲はグールド云々とは関係なくとも、それ自体として深い満足を与える名曲の数々であった。





Bruckner: String Quintet; Intermezzo; Strauss: Prelude to CapriccioBruckner: String Quintet; Intermezzo; Strauss: Prelude to Capriccio
(1994/10/25)
Andrea Hess、

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ここに紹介するのは、ブルックナーの弦楽五重奏曲である。
グールドは、自作の弦楽四重奏曲がブルックナーやリヒャルト・シュトラウスの影響を受けている、と言っており、また、上に引いた本の中では 「彼の世代で、本来ピアノのために書かれたどんな曲よりも、ブルックナーをピアノで弾く方が楽しいのです 」と語っている。そして、この弦楽五重奏曲については「これは彼がかつて書いたもっとも驚くべき作品です。昂揚の度毎に雷鳴が轟くことのない唯一の作品・・・一個の奇跡です 」とさえ言っている。ブルックナーファンには申し訳ないが、この「雷鳴」のゆえにどうしても敬遠しがちであったブルックナーの作品であったが、この作品を聴いて初めてブルックナーの良さを知ることとなった。
この曲と共にこのCDに収められているのはリヒャルト・シュトラウスの 歌劇「カプリッチオ」序曲 である。この歌劇序曲に関してグールドは「信じがたいほど心打たれる作品で、また、丹念に書かれていますが、つねにあの異常な自発性とあの異常な自由につらぬかています」と評している。このCDでは、この序曲から、その透明で穏やかながら生命にあふれた世界に入ることになる。二曲目のブルックナーでもその同じ世界が続いている。



MetamorphosesMetamorphoses
(2007/03/27)
Antoine Lederlin、

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「 カプリッチオ 」はシュトラウス晩年の作品であるが、同様に晩年の代表作「 メタモルフォーゼン 」でも透明な世界が展開される。この二つの曲についてグールドは「 ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲群 」と並ぶ「 究極の哲学的平安を照らす光の変貌を表現する音楽 」と評している。グールドはこの「 メタモルフォーゼン 」に「すっかり中毒し 」て、「 少くとも、一日に一度は、どうしてもこの曲を聴かずにはすませなくなった 」時期があったと語る。この曲はベートーヴェンの交響曲第三番の葬送行進曲のテーマを変奏するものであるが、第二次大戦で崩壊した‘ 西欧文化への追悼の曲 ’として有名である。音楽に与える時代の影響を敢えて軽視したグールドが、この作品に関しては、この追悼の意味をめずらしく饒舌に語っているのは( 「グレン・グールド発言集」みすず書房 )、この音楽の与える感動のせいであろう。
初期のシェーンベルクと云えば「 浄夜 」である。グールドはシェーンベルクに関するラジオ番組を制作した際、(その台本が本になっており 「グレン・グールドのシェーンベルク」筑摩書房 )、その中で、シェーンベルクと云えば「浄夜」しか聴こうとしない相手をからかっているのだけれども、グールド自身が「浄夜」を好きなのは疑いない。




上記の演奏は、ブルックナーの五重奏曲とリヒャルト・シュトラウスの「カプリッチョ」序曲がラファエルアンサンブル、「メタモルフォーゼン」と「浄夜」の方はヴァイオリン奏者のグリマルが率いるレディソナンスである。両者俱に近現代音楽を得意としているアンサンブルのようである。
レディソナンスは、演奏の際には指揮者が存在せず、演奏者の自由を重んじる、ということを特色としているが、この「浄夜」はオーケストラ版ではない弦楽六重奏版であるということと相俟って、カラヤンのそれらの名盤と対極にある、やはり名演奏と云えるだろう。

(ネモローサ)




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