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2013.01.16 (Wed)

頑張れディヴァン、頑張れバレンボイム!

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 引き続きクラシック万歳!!



イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



ディヴァンオーケストラによるベートーヴェン全集(Beethoven for all)の紹介ヴィデオより



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(2013/08/06)
Beethoven、Barenboim 他

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レコード芸術10 月号の海外盤Reviewに、ダニエル・バレンボイム指揮、ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ演奏のDVDのベートーヴェン交響曲全集(ドキュメンタリー付)――CDによる全集(Beethoven for all)録音の翌年に2012年のロンドン夏の音楽祭プロムスで演奏されたものを収録している――の批評が載っている。好意的な批評で、このオーケストラのファンである私としては嬉しいが、また、ここで紹介されている海外盤を既に購入しているのだが、ここに載ったということは、日本盤としては発売されないだろうと思うと少々残念な気がする。ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラの魅力は、CDよりもDVDのほうがより伝わるかもしれないからだ。しかも、演奏の方(2012年のロンドン夏の音楽祭プロムスでのもの)はYouTube でも視聴できるが、付属のドキュメンタリーの方はそうは行かない。そのさわりだけが見ることができる。









イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



ベートーヴェン交響曲第7番。
バレンボイム指揮、ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ

ウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラとは、ユダヤ系イスラエル人であるバレンボイムが、1999年にパレスティナ人の学者エドワード・サイードと共に創設したオーケストラである。二人は、ゲーテが嘗て活躍したドイツ、ワイマールの地で、夏のサマースクールを開き、室内楽を含むマスターコースのワークショップに、紛争の絶えないイスラエルとアラブの両国から若い音楽家を招き、共にクラシック音楽を演奏する事を通して互いの理解を促すことを企画した。これに、アラブ側からだけでも二百人の応募があった。その反響に応えて、オーケストラのワークショップも行うことにしたのがその始まりである。(ウェスト=イースタン・ディヴァンとは、ゲーテの詩集『西東詩集』のことである) 単に音楽を一緒に演奏するだけではなく、学者サイードが中心となり、若者が互いに‘ 討論 ’を行うワークショップもそこでは行われた。このワークショップはその後も続き、拠点をスペインのセヴィリアに移し、今に至っている。毎年七月の終りから約五週間、セヴィリアに始まり主にヨーロッパ各地での演奏会に出かけるのである。




イヤホンかヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



バレンボイムとウェスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラの初めてのドキュメンタリー Knowledge is the beginning の冒頭。途中、チェリストのヨーヨーマも登場。続きもYouTubeにあります。


なぜ、イスラエルとアラブなのか。紛争の絶えないこれらの諸国に音楽を通して平和を齎そうというのだろうか。
バレンボイムもしばしば注意を促しているが、彼らの目的は中近東に平和を齎す事ではない。幾ら、ベートーヴェンの第九に感動したから、つまり、ベートーヴェンが言うところの‘ 人類は皆兄弟 ’だからとて、彼らが直ちに、武器を捨て去る事はあり得ない。この中東の若者達は、そんな甘い幻想を求めて、十数年に亘り、このワークショップに毎年訪れているのではない。彼らはその解決の難しさを痛い程理解しているのである。そもそも、後に述べるように、イスラエル、パレスチナの双方の国から彼らに対する批判は存在し、ディヴァン・オーケストラに参加するには、批判を撥ね退ける勇気、何かを犠牲にする覚悟が必要とされるのだ。甘い幻想だけでこんなに長続きするはずがない。
それではこの両国間の、政治的な解決が目的でないとすると、一体このオーケストラが目指しているところは何なのであろうか。
バレンボイムとサイードは、自らの活動を「無知」に対する戦いだと述べる。多くのイスラエル人にとってアラブ人は、そして、アラブ人にとってイスラエル人は、個人的な感情も思想もない、自分たちの生存を脅かす敵でしかない。彼らを隔てる壁の向こう側には、自分達とは価値観や立場を異にするが、悲しみも苦しみも感じ、考え、行動する同じ‘人間’がいる事を知らないのである。「知ることが始まりである」(Knowledge is the beginning)とは、彼らの初めてのドキュメンタリーの題名であるが、彼らが目指すのは、「知ること」、つまり相互理解である。。

相互理解を齎すところに‘ 音楽 ’の意義があると彼らは考える。クラシック音楽から学ぶことが出来るものの一つに、力(power)と強さ(strength)との区別があるとバレンボイムは言う。強さと言っても勿論、音量の大きさをいうのではなく、主声部だけではなく他の声部が聞き取れる透明さがあって初めて、全体としての強い響きを得る事が出来る。音楽での対位法と同様に、社会に於いても、一つの主張で塗りつぶすのではなく、複数の主張が存在し響き合う事で、真の秩序は保たれる事が可能となる――自らの主張を保ちつつ同時に他の主張を理解すること、つまり「相手を重んじつつ語り、つらいことでも耳を傾ける(talk sensitively, listen painfully) 」こと――それが相互理解には必要な事であり、互いの信頼に通じる事を、この若者達は音楽を通して身をもって学んでいるのである。
互いの違いを認めながらの‘ 相互理解 ’など、きれいごとのように思われるかもしれないが、そういうごまかしの相互理解はここでは通用しない。
このオーケストラの一員である著者Elena Cheah ( 以下エレーナ女史 )がそれを紹介した書物、『国境を超えるオーケストラ(An Orchestra beyond Borders)』には、二十人ほどの団員がそれぞれに自分の経験を著者エレーナ氏に語るという体裁を取っているが、読み進めて行く途中で、それぞれが自分の考えや意見を持ち、これではこのオーケストラは分裂してしまうのでないかと思う程の意見や思想の食い違う場面もしばしばであった。こういう事を全く誤魔化さず隠さず描き出されるところに、このオーケストラ及びバレンボイムの強み、魅力がある。このような意見や思想の違いが存在するにも関わらず、次第に人間同士としての絆を持ちそれを深めて行くのである。


An Orchestra Beyond Borders: Voices of the West-Eastern Divan OrchestraAn Orchestra Beyond Borders: Voices of the West-Eastern Divan Orchestra
(2009/10/05)
Elena Cheah

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現在はピアニストとしても指揮者としても活躍するダニエル・バレンボイム――7歳でピアニストとしてデビューし、11歳の時マルケヴィッチに指揮法を教えられ20歳で指揮者デビューした早熟の指揮者――は、偽善を嫌う。彼は、紛争が終わることのない中近東についてこんな警句を記している。
  
「我々中近東人は、歴史の知識を濫用して、自分が被害者であると見せつけ、自己憐憫に陶酔することにかけては 皆大芸術家である。」(An Orchestra Beyond Borders での序文)

バレンボイムは、アルゼンチンに生まれたが、ユダヤ人であるために、両親と共に祖国イスラエルに移住し、その国籍を得、欧米での活躍と共に中東イスラエルでも長らく演奏をしてきた。しかし、パレスチナとの紛争に関し、自国イスラエルの入植政策を批判し、パレスチナの西岸地区やガザ地区で演奏し、前者ではその音楽教育に携わり、パレスチナのパスポートも持つ。正に、グローバルな「中近東人(Middle Easterner)」である。
さて、イスラエルと云えば、ヨーロッパから逃れてきたユダヤ人たちが第二次大戦直後樹立した国であるが、その基には、第二次大戦中どの国も自分たちを助けることはなかったという、ホロコーストの「被害者」としての「歴史」がある。その為、自分たちの安全・生存は自分たちで守る他ない。この「歴史」は、幾ら批判を他国から浴びようとも、自分たちの安全・生存のために彼らが取るあらゆる手段を正当化する。
一方ユダヤ人が移住してきたパレスチナの地は、無人の地ではなかった。そこには長い歴史を有して生活してきた人々が既に居た。彼らを放逐することでイスラエルという国家は成立した。こちらはこちらで、自分たちパレスチナ人こそ、このイスラエル建国により放逐された「被害者」であるから、失われた正義を回復するためには、ユダヤ人を全員パレスチナの地から放逐しなければいけないと主張し続ける。
こうした主張を双方が続ける限り、共存、和平はあり得ない。バレンボイムは続けて次のように語る。

「我々の好奇心と知識に、よりよい未来を創造しその条件を創造させるほうが、はるかに生産的だろう。」

自己正当化のために過去にこだわり続ける愚かさは、果たして中近東に限られるかどうか…、極東にも存在するのではないかと言いたくもなるが、それはともかく、このような耳の痛い真実を捉えた発言は、イスラエルとパレスチナの双方に当然賛意と共に反感も引き起こす。イスラエルでは裏切り者とも呼ばれ、他方パレスチナ側からもイスラエルの生存権を認めるのは敵だと名指される。しかし、バレンボイムは「私の活動の前提は、(イスラエルとアラブとの)双方から同じだけの激しさで批判される場合の私の言動は正しいものだということだ」と述べて(BBC Reith Lectures 2006)、ひるむことはない。イスラエルの名誉あるウルフ賞を受賞すると、その授賞式で、諸民族の平等を謳うイスラエルの独立宣言を引用してイスラエルの大臣を怒らせ、他方、彼が応援しているパレスチナの音楽院の子供たちが上演するオペラに、一部のパレスチナ人の反対があった時も、上演の妨げになってはいけないと公には参加のキャンセルを表明したが、お忍びで結局は聴きに行くといった具合で決して負けることはない。




イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の終曲「愛の死」



このような活動をバレンボイムは、何のために行っているのだろうか。バレンボイムがインタヴューを受ける際にしばしば持ち出すのが、音楽の‘ 二つの効用 ’である。仕事から家に帰り、ウィスキーをグラスに注ぎ、足を楽にし、CDをかけて(出来ればバレンボイム演奏のショパンを、と言ってにやりとするのが彼の十八番である)一日の嫌なことを忘れる、つまり、現実からの逃避が一つ、逆に、現実を学ぶというのがもう一つである。クラシック音楽の衰退が嘆かれるこの頃であるが、バレンボイムはその原因を、クラシック音楽が前者の目的にのみ演奏されたり聴かれるようになったこと、現実逃避的効用だけを目指すようになり、クラシック音楽が単なる装飾品になってしまったことにあると言う。つまり、クラシック音楽が最早人生に関わる感動を与えられなくなったことがその衰退を齎したと言うのである。ディヴァン・オーケストラとの演奏で彼が目指しているのは、‘ 人生に関わる音楽 ’,真の感動を弾き手にも聴き手にも与える音楽である。そのためには、徹底した音楽的な訓練と共に、現代に生きる人間としての成熟も図る場が必要である、それが、ディヴァンのワークショップが目指す所である。専門家を養成するための、技術に偏した音楽教育に対しては、自分はテロリストだと彼は態と物騒な比喩を持ち出すと確かガーディアン紙で紹介されていたが、このような専門家嫌いなところも、彼の友人サイードが繰り返し強調していた所に通じる。
これは、政治をアクセサリーにするような厭らしい趣味とは正反対のものである。冒頭に紹介したDVDの続きには、幾人もの団員が登場するが、その中の一人がディヴァンへの「現実からの逃避」を語っても、それは、戦いの国から音楽への逃避であり、ワークショップの夏が終わり、戦いの国へと帰らなければいけないと語る彼女の言葉には、心に深く残るものがある。豊かで平和な国とは異なり、彼らには、「現実からの逃避」と「現実を教えるもの」との対比はないとも言える。政治とは別の、人間としての個人同士の交わりの中で成立するものとして‘ 芸術 ’が彼らには確固としたものとして存在しているのだ。
そう考えると、音楽に対する彼らの純粋な献身の姿勢は、戦争という彼らの生きる過酷な現実と無関係ではない。中東の情勢は一向に改善の兆しが見られないのに比例して、彼らの純粋さが輝くと言うのは人間性というものが持つ皮肉である。先ほど紹介した本の著者 エレーナ女史によれば、プロのオーケストラの団員にとって、音楽は生活の糧であり、音楽への献身といったものをいまや見出すことは出来ないが、このディヴァンオーケストラにはそれがある…夏のディヴァンのワークショップが終わり普段の生活に戻るとどうしても空白感を持ってしまう「ディヴァン病」に罹ってしまったと彼女は言う。――彼女は両国とは関係のない米国のチェリスト、4歳でチェロを学び初め、7歳でデビューコンサートを開いたという神童であったが、様々なオーケストラのチェロのトップに短期の契約で就くという自由な生活を選択し、ちょうどベルリン・シュターツカペレにいた時、その音楽監督であるバレンボイムに誘われ、このディヴァンオーケストラの指導に協力すると同時に演奏にも参加したのだが、筆も立ち、クラシック音楽の専門家という枠に嵌らない女性である)
冒頭にDVDは彼らの魅力を伝えると書いたが、付属のドキュメンタリーで聞く彼らの言葉と共に、ベートーヴェンを演奏する彼らの姿には、エレーナ女史の言う彼らの純粋さが見て取れる。しかも、女史の本を読んだ後では、画面の中のこの人はこんな事を語っていたな、あの人はあんな経験を経た人だ、などと団員一人一人の個性がよく分かるのも楽しい。
ディヴァンのファンには、現在最高のイゾルデ歌手と言われる、メゾソプラノのヴァルトラウト・マイアーがいる。エレーナ女史の本によれば、彼女もやはりディヴァンの純粋さに惚れ込んでいるらしい。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の終曲「愛の死」のリハーサル中に、それを聴いていた彼女が舞台に進み、歌をそれに添えたというエピソードが紹介されているが、この時ほど感動的なワーグナーを演奏したことも聞いたこともないとエレーナ女史は言う。幸い、同じメンバーでのこの曲の演奏をYouTubeで視聴する事が出来る


不可能と思えることに次々と挑戦し続ける彼らの活動は、我々に希望を与える、少なくとも、絶望するのを先送りにさせ続ける。現在のところ彼らの活動も、政治情勢だけを見れば梨の礫(なしのつぶて)といえるかも知れない。それなのに希望を持ち続けられるのは、‘ 音楽の力 ’のゆえだという物語がそこにある。できるだけ長くディヴァンの活動が続いて欲しいと願う所以である。頑張れディヴァン!頑張れバレンボイム!




(ネモローサ)



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 引き続きクラシック万歳!!

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2013.01.01 (Tue)

札幌交響楽団と田島高宏さん

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田島さんは、2001年、指揮者 尾高忠明さんの招聘で、国内最年少のコンサートマスター(首席演奏者)として札幌交響楽団に入団し3年間の在籍後、ドイツ留学のために10年間札響を離れますが、2014年9月に復帰されました。
先日は、NHK教育 日曜21時からの「クラシック音楽館」で、初めて札幌交響楽団の演奏と彼の雄姿とを満喫いたしました。それに致しましても、最近の日本のオーケストラは、どこも随分上手くてレベルが高いですね♪ なんだか面白くなってきました!

関連記事はこちらへ / 北海道Likers(ライカーズ)サッポロビール(株)が運営する北海道を愛する皆さまのためのコミュニティサイト

☞ http://www.hokkaidolikers.com/articles/2694




田島高宏さんは、桐朋学園大学卒業後、すぐに札幌交響楽団( 尾高忠明音楽監督 )のコンサートマスターに抜擢され3年間活躍されましたが、留学の望み捨てきれず、ドイツへ跳びフライブルク大学でライナー・クスマウル氏( 樫本大進の師としても知られている )のもとで学び、2008年に北西ドイツフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任されました。北西ドイツフィルは、上岡敏之氏( 現在ヴッパータール交響楽団 )が以前に音楽監督を務めていた事で知られていますが、50年の歴史を持つ伝統あるオーケストラです。
田島さんは、まだつくばエクスプレスが開通する目途がはっきりとしない頃、つくばみらい市 に住み、広大な大自然に恩恵を受けながら、音が思う存分に出せる環境で、レコードコレクションを沢山もつクラシック音楽好きの――日曜の礼拝をかかさない敬虔なクリスチャンでもありました――御両親のもと、伸び伸びと才能を開花させていきました。とりたてて猛練習するようなタイプではありませんでしたが、中学に上がる頃には既に、一音一音、自らが納得がいくような表現方法や意味を、理解し追及していこうとする姿勢が見られる、早熟な芸術家肌の人でした。少々通好みの音色と表現力を持っていて、桐朋学園の和波孝禧先生の厳しいご指導のもと研鑽を積み、それは歳を経るごとに美しく磨かれていきました。穏やかな人格者でもありますが、矢張りそのヴァイオリンから醸し出される流麗な魅力のある音楽ゆえに、多くの人の心をとらえ愛される演奏家に成り得たのだと思います。



モーツァルト:オーボエ四重奏曲|ブラームス:クラリネット五重奏曲モーツァルト:オーボエ四重奏曲|ブラームス:クラリネット五重奏曲
(2008/10/02)
トッパンホール・アンサンブル

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トッパンホールが核になり、メンバーを厳選し室内楽を提供する、珍しいタイプの演奏会のライブ録音を収めた‘ トッパンホールライブシリーズ ’の第4集。
かつてベルリン・フィルという実力集団が三顧の礼を尽くして、フライブルク音楽大学教授から第一コンサートマスターに迎えたクスマウル氏( クラウディオ・アバド時代 )が登場。チェロはハンガリーの名手ティボル・ベーニ。モーツァルトのオーボエ四重奏曲のオーボエを受け持つのは、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団の首席奏者であった渡辺克也。ブラームスの五重奏曲でクラリネットを吹くのは、ベルリン交響楽団首席奏者を務めた四戸世紀。第二ヴァイオリンは先に紹介した北西ドイツフィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務める田島高宏。ヴィオラは各種 国際コンクールに優勝している期待の新人小林秀子。( ライナーノートより )
今や日本を代表する管楽器のソリストと、舌を巻くように上手く奏でる弦楽アンサンブルとの絡み合いが素晴らしく、たっぷりと本場のドイツ音楽を堪能できる。一体どこの国のアンサンブルか分からない位、熟達している日本人のクラシック音楽のレべルの高さにも改めて驚く。ブラームスを弾く時に難しいのは、ロマン派の特徴の一つである激しく感情にまかせた胸迫る情感の絶え間ない音楽の流れと同時に、抑制された、純粋でデリケートな孤高のブラームスの魂の歌を歌えなければならないと思うのだが、この一流のプレーヤー達は充分に楽しませ満喫させてくれ、ブラームスの素晴らしさを再確認した。


田島高宏プロフィール
桐朋女子高等学校音楽科および桐朋学園大学にて和波孝禧に師事。
2001年4月より3年間札幌交響楽団コンサートマスターを務める。
退団後フライブルク音楽大学に留学してライナー・クスマウルに師事。そのほか、伝田充正、大図美知恵、西田和弘、安斎爽子、イフラ・ニーマンらに師事。
第10回日本室内楽コンクール第2位入賞。ドイツ・ライニッシェ・フィルハーモニー第2コンサートマスターを経て、北西ドイツフィルハーモニー第一コンサートマスターに就任。2014年9月から、札幌交響楽団コンサートマスターに復帰。




 引き続きクラシック万歳!!

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