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2013.12.30 (Mon)

エルガーの『威風堂々』―大英帝国の栄光と影

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 引き続きクラシック万歳!!



イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。

 

2012年の英国の音楽祭「プロムス」のハイライトで演奏された『威風堂々』と
そのメロディに付けられた『希望と栄光の国』




先ず、この歌詞を読んでみて欲しい。最近、何かと物騒なお隣の国々の国歌ではない。実はエルガーの『威風堂々』についた歌詞の一節である。


「自由により得られし、真実によりて、保たれし、汝(=国家)の帝国は強盛となるべし」
「 我らは汝をいかに称えようか? 我らを産みし汝を。広大に、いっそう広大に汝の土地はなるべし」
「英雄たる父祖の流した血は英雄たる息子を元気付ける」


エルガーの『威風堂々』と言えば誰もが一度は聞いたことのある曲だろう。卒業式等の祭典・式典、CMソングでも巷に流布している元気で楽し気な人気曲だ。時には有名シンガーが独自に日本語で歌詞をつけることもある。ただそれらの中身を見てみると、メロディーが明るいせいか、「明日を向いてがんばれ」的な一種の「人生応援歌(?)」のようになっていることが多い。だが、実は元の歌詞はそのようなものとは似ても似つかぬものである。この歌の歴史的背景を以下で考えてみよう。


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エドワード・エルガー(1857~1934)


『威風堂々』は1901年に作曲された。曲の評判は上々で、歌詞を時の英国王エドワード7世に付けるよう助言された。そこでエルガーは国王の戴冠式を祝う合唱曲の終曲として『希望と栄光の国』と題して『威風堂々』と同じ旋律の合唱曲を作曲した。日本ではなじみが薄いが、英国では「第二の国歌」としてよく歌われている。



さてこの『希望と栄光の国』と題して作られた歌詞だが、これにある「帝国」や「汝の土地」という言葉に注目してみよう。この曲が作曲された20世紀前半は、エルガーの祖国大英帝国の最盛期に当たっていた。つまりご存じのとおり英国が世界中に植民地を持っていたいわゆる‘植民地時代’である。この歌詞で言う「汝の土地」とは、実はこの‘植民地’のことなのだ。イギリスを含む欧米諸国の植民地が当時如何に多かったかは下の地図を見て頂ければ分かると思う。これは当時のアフリカ地図で、これが様々な色で塗り分けられているのはそれらがすべて‘西欧諸国の植民地’であったからである。当時完全に独立していたのはエチオピアとリベリアのわずか2カ国のみだった。


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だがそもそも欧米諸国は何故植民地を持とうと思ったのだろうか…。植民地と聞いて一般的なイメージは、ある国が様々な国を侵略してその人々を奴隷のようにこき使い、資源でも何でも根こそぎ奪う、というものだろう。エルガーの生きた当時の大英帝国にもそのような要素は確かにあった。だがそれを持った理由となるともう少し複雑である。鍵は当時の英国の「朝食」にある。

当時も今もイギリス風の朝食の定番といえば砂糖入りの紅茶だろう。だが紅茶の葉っぱは英国では生産されていない。ほとんどはインドからの輸入で以前は中国からも輸入されていた。――そのため最初は緑色をしていた葉っぱが長旅の船内で赤茶色に変色したのがいわゆる「紅茶」なのだ、という俗説も生まれるまでになった。一方砂糖も冷涼な気候の英国では生産できず西カリブ諸島の植民地(ジャマイカなど)で生産され、英国に輸出された。

ちなみに何故イギリス人が紅茶が好きだったのかも少し触れておきたい。19世紀以前は紅茶は高価な輸入品であり、上流階級にとって自らのステータスを誇示するためのものだった。しかしやがて自由貿易により、安価にしかも大量に輸入されるようになってくると、中・下流階級にも手の届く商品になっていく。特に下流・労働者階級にとって、砂糖入りの茶はカロリーの補給源になり、熱い茶はレンジなどない当時の冷たい朝食を、一瞬で暖かいものにする画期的な飲料であった。それ以前は労働者の嗜好品と言えば「ジン」と呼ばれる安物ながらアルコール濃度の高い酒であり、労働者はそれを昼間からあおっていたため仕事にでなかったり(「聖月曜日」という二日酔いのための休日まであった)、中毒に陥ったりするなど社会問題化していた。そこでジンに代わる飲料として紅茶が奨励されるようになったのだ。これを可能にしたのも英国の自由貿易政策と植民地政策であったのだ。


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英国人画家ウィリアム・ホガースの『ジン酒場』。紅茶が受け入れられる前は労働者はこのようにジン酒場に入り浸っていた。


朝食だけではない。当時のイギリス人が着ていた綿織物の原料の綿花は植民地のインドから、そして20世紀になると石油が中東から輸入されるようになる。その代わりとして、英国はこれらの植民地に自国の工業製品を輸出することで収益をあげていた。つまり欧米諸国が植民地を保持した理由には自国製品の原料調達先と同時に消費先を確保するためであったというのもあるのだ。


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大英帝国の植民地(赤地)

20世紀前半になると植民地の果たす役割は更に増していく。金融市場がイギリスを中心に発達すると、過剰に増加した「資本」の輸出先が探し求められるようになる。つまり一部の植民地での鉄道などのインフラや資源開発に莫大な資本が投下されるようになるのである。その結果欧米諸国の間で‘植民地’の争奪戦が始まる。アフリカのサハラ砂漠といった一見すると無価値な場所まで植民地にされたしまったのには、こうした背景もあるのだ。



ところでこの当時の英国の状況は「植民地」という存在を除けば、現代の先進諸国とも似た点がある。つまり私たちの生活も今多くの「輸入品」で成り立っている。日本の食料自給率が低いのは周知の事実であり、安くしかも高品質の衣類の輸入元を見てみると、世界最貧国の一つであるバングラディッシュであったりする。チョコレートの原料のカカオはガーナなどの西アフリカだが、そこでは今でも不正な児童労働が当たり前である。植民地こそ現在では存在しないものの、相変わらず先進国と発展途上国(元は植民地がほとんど)の間には大きな経済的格差がある。植民地制度に基づく明確な搾取は存在しないものの、経済のグローバル化と、先進国と発展途上国の経済的な相互依存と格差――これを一種の「システム」と呼ぶ人もいる――を背景としたエルガーの生きた時代と現代の世界の連続性は、様々な違いを含みながらも、依然として存在するのである。



『威風堂々』が作曲された13年後になると、第一次世界大戦が勃発する。英国も仏露を応援するために参戦し、166万人という多くの死傷者を出した(その数は第二次世界大戦のそれを上回った)。エルガーも最初の婚約者の息子が戦死し衝撃を受けたそうである。戦後は、英国は長い経済不況に苦しんだものの、独およびヒトラーの野望を阻止するべく第二次世界大戦に再び参戦し、何とか勝利したものの、その後、国力の衰退とともに植民地の独立を許し、経済不況にも悩まされた。英国が経済的に回復したのは1980年代のサッチャーの改革を待たねばならなかった。まさしく「希望と栄光の国」から「絶望と悲惨の国」へと英国は一時期転落してしまった訳だが、その背景には19世紀後半からの米国とドイツ、そして日本といった新興国の台頭があった。それ以前は海軍力と工業力で他国を圧倒していた英国だがここに来て国力の陰りを見せたのだ。またかつての英国外交の特色に「栄光ある孤立」という欧米諸国のどの国とも同盟を結ばず中立を保つという姿勢があり、それがヨーロッパの政治的安定にも寄与していた。しかし20世紀になるとドイツへの対抗から仏露と協力関係に入り、ヨーロッパの外交は不安定化していく。一方、エルガーが『威風堂々』を作曲したのは、第一次世界大戦以前の一抹の安定期いわゆる「ベル・エポック(フランス語で「良き時代」という意味)」の頃である。それは同時代のオーストリア人作家シュテファン・ツヴァイクが言う「昨日の世界」であった。


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ベル・エポック時代のフランスのポスター。初の「映画上映」の宣伝


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第一次世界大戦の激戦地ソンムの写真 




再び、我々の現代を顧みると「唯一の超大国」であるアメリカの衰退が著しく、お隣の国は、周辺諸国と緊張をはらみながら年々膨張を続けている。私たちの平和で豊かな生活もやがて「昨日の世界」になる日が来るのだろうか?そう考えるとエルガーら英国人の苦難も他人事では無くなる。

今『威風堂々』はかつての多くの植民地を失い、覇権国としての地位を失った英国人に、「ありし日の栄光」を思い起こさせてくれるものなのかも知れない。そして、その曲は同時にこの国の未来に向けて「第2の国歌」と言われるほど演奏され続け、常に彼らを励まし勇気づけてくれるのだろう。





※画像はWikipediaより転載

(門前ノ小僧)




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