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2015.04.25 (Sat)

ホルスト『惑星』は「オカルト」?― 近代ヨーロッパ・アメリカのスピリチュアリズムと知識人

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 引き続きクラシック万歳!!



イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



ホルスト作曲 組曲「惑星」より『木星』。
宇宙ロマンと人類の英知を感じさせる今でも充分に新鮮な名曲。
レヴァイン指揮シカゴ交響楽団
( 有名なテーマが出てくるのは3分前後 )





マルコム・サージェント指揮 「惑星」より『火星』



ホルスト:惑星ホルスト:惑星
(2002/10/25)
ボールト(エードリアン)

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出だしから、弦楽器が弓の「木」の部分を打ちつけて
リズムを刻んでいるのがお分かりだろうか。
このコル・レーニョ奏法といわれる特殊な奏法により
刻々と迫りくる不穏な空気を表しているようだ。
第1曲目の「火星」は‘ 戦争をもたらす者 ’という副題が付いている。
火星は占星術では、戦争の神マルスと呼ばれて、火星が地球に近づく年は
何かと戦争の絶えない年であった。(2曲目~以下参照)
イギリスの名指揮者A・ボールトによる『惑星』。
指揮者ボールトはこの作品を生前何度も録音する程に、異常な執着を見せている。
彼はこの曲の真価を知っていた?



ホルストの組曲『惑星』。誰でも一度は聞いたことがあるクラシック音楽の名曲中の名曲だろう。特に第4曲目の「木星(ジュピター)」は親しみ易く、日本のシンガーソングライターも歌詞をつけて一時大いに売れた。しかしこの『惑星』という曲と作曲者ホルストについて私たちは案外知らないことが多い。
例えば、何故ホルストは「惑星」をテーマにした曲を作曲したのだろうか。彼が天文学ファンだったから?ではない。21世紀の我々現代人からすると「惑星」と聞くと、つい宇宙の謎を解明すべく探索の対象として目指す「星」を連想しがちだ。が、ホルストの「惑星」とはそういった天文学的なものではなく、実は「占星術」の星を指していたのである。
以下のそれぞれの惑星の曲についた副題を見てほしい。

火星、戦争をもたらす者
金星、平和をもたらす者
水星、翼のある使者
木星、快楽をもたらす者
土星、老いをもたらす者
天王星、魔術師
海王星、神秘主義者

このようにそれぞれの惑星には性格が与えられている。実はこの性格は占星術における「天宮図(ホロスコープ)」の考えを参考につけられたものだ。‘ 天宮図 ’といえば、星占いに詳しい人ならそれぞれ特徴を持っている星の運行によって、自分の運勢をみるという時におなじみのものだろう。ホルスト自身、晩年身内に自分の天宮図を配っていたという。この様な事からも、彼は空に浮かぶ美しい星そのものではなく「占星術」に興味を抱き、それに基づく惑星の性格に合うように作曲をしていたと思われるのである。


Gustav_Holst.jpg

グスターヴ・ホルスト(英 Gustav Holst)1874-1934
皮肉にも自分の作品の中で、最も『惑星』が大衆受けしたことを嫌っていたらしい。



何故ホルストは「占星術」の音楽を書いたのか?彼は星占いでもしていたのだろうか?そこまでは分からないが、彼は実際、占星術にはかなり関心を抱いていたようだ。実はホルスト、かなり不思議な人物である。『惑星』以外に彼の曲を聞いた人はあまりいないと思うが、それもそのはず、彼の他の作品は『惑星』とその後に作曲した『イエス頌歌』以外は、生前母国イギリスの聴衆にさえほとんど受け入れられなかったのだ。アメリカに於いては、彼が自分のオペラを演奏したところ、チケット代を返せ、と文句が来るぐらい不評であったという逸話まである。「受けない」理由は、内容が難解すぎるのと、ある評論家の評に従えば「知的すぎる」からだという。
それならばと、ホルストの主な作品を実際に見てみよう。すると『アヴェ・マリア』(1900)や『吹奏楽のための組曲第1番 変ホ長調』(1909)などごく普通と思える作品も多くあるではないか。だがよくよく作品を眺めてみると…

交響詩『インドラ』(1897-8)
歌劇『シータ』 1899-1906
歌曲集『リグ・ヴェータ讃歌』(1907-8)
歌劇『サーヴィトリ』(1908)
『リグ・ヴェーダ』からの合唱讃歌(1908-12)
東洋組曲『ベニ・モラ』(1911)
日本組曲(1915)

ここに挙げたのは、題名からも分かるように、ホルストが主にインドなど東洋をテーマにした作品である。中には日本のものまである。彼は実際インドにはかなり入れこんでいたようで、自らサンスクリット語を勉強し、古代インドの聖典を読もうとした。彼の義理の弟によると「グスターヴ・ホルストの宗教的な理念は仏教をベースにしていた」(British Music and Modernism, 1895-1960.P.111)

‘ 占星術 ’と‘ インド ’。ホルストは一体何を考えているのか、とこれらの作品の演奏を聞いた当時の聴衆ならずとも思うだろう。だがホルストの周辺を調べると、この二つに関係を持たせるものが実は発見できる。それは「神智学」である。

「神智学」とは19世紀後半からヨーロッパで流行した、一種の「オカルト」宗教である。ただここで誤解のないよう注意したいのはこの際の「オカルト」の意味である。そもそもオカルトといわれた宗教の起源は、ヨーロッパにおいては、カトリックという“正統派キリスト教会”とは異なる信仰体系(異教や異宗派)にあった。その信徒は近代までカトリックにより激しく弾圧されてきたために、外部の人間に対し自らを閉ざすようになった。つまり教団内部に複雑な規則を定め、信徒になるために、様々な儀式を経ることを義務付けたのである(フリーメーソンや薔薇十字団など)。またカトリック教会がギリシャ哲学と結び付くことで人間の理性に重きを置き始めたのに対し、異端的な宗教の中には‘ 理性を越える人間の超自然的な力 ’を唱えるものも出てきた。
近代以降になると、かつて絶対的な権威を持っていたキリスト教会は力を失っていく。それと共に弾圧も緩み、ここにきて初めて、従来のキリスト教にない内容を持つ異教や異宗教、つまり「オカルト」と呼ばれた宗教が人々の関心を惹き始めた。神智学はそうした流れの中で生まれたのである。

この「 神智学 」の創始者は、ヘレナ・P・ブラヴァツキ―、通称ブラヴァツキ―夫人という女性である。ロシアに生まれた彼女は、小さい頃から霊感が強く、結婚したが長続きせず、家を飛び出してしまう。その後ブラヴァツキ―夫人は世界各地を放浪し、様々な‘ 占星術 ’や ‘ 神秘主義宗教 ’に影響を受け、フリーメーソンや薔薇十字団など秘密結社ともかかわるようになった。やがて1875年にアメリカで「神智学協会」を組織し、彼女自身の教義をそこで説き始める。その内容はかなり難解で、様々な神秘主義の折衷といわれることもある。その内容は後で少し触れよう。興味深いのは神智学協会が世界中に広まり信者を獲得する一方、1878年に本部をインドに移転し、それに伴い自らの教義の中にも‘ インド思想 ’を多く取り入れていったことだ。ブラヴァツキー夫人も『インド幻想紀行』という本を著し、彼女の次の神智学の代表であったアニー・ベサンドはインド人の若者ジッディ・クリシュナティを後継者にしようとして、協会内で騒動になった。このように神智学の上で占星術とインドは関係がある。


オカルト(occult)
神秘的な、密教的な、魔術の、目に見えない、秘学、超自然的。

                       (Wikipediaより)


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ヘレナ・P・ブラヴァツキ― (Helena Petrovna Blavatsky)1831-1891




イヤホンやヘッドホンでの視聴をお勧め致します。



『リグ・ヴェータ賛歌』の一部から。
『惑星』よりも一層神秘的な感じだが、現代の私たちからすると、
それほど聞きにくくはないようにも思うのだが…

※『リグ・ヴェーダ』(ऋग्वेद Rigveda)は、古代インドの聖典であるヴェーダの1つ



それでは、ホルストと神智学にはどのような関係があったのだろうか。
まず彼の義理の母は地元の神智学協会の秘書として働いていた。またホルストは『惑星』を作曲するにあたり、友人で劇作家のクリフォード・バックス(Clifford Bax)から占星術を教えてもらっていた。何故バックスは占星術に関心を持っていたのかと云うと、アイルランドに旅行した際に、そこで「神智学の詩人」と呼ばれ、民族主義者でもあったジョージ・ウィリアム・ラッセル(George William Russell)に出会い、感化されたことがその一因かもしれない。彼はラッセルと一緒に「オルフェウス Orpheus」という名の神智学系の雑誌まで出している。
ラッセルは神智学に基づく社会の目標を3つ挙げている。
①人種や信条、階層や肌の色で区別することなく、普遍的な人類同胞愛の核を形成すること
②アーリア系や東方の文学、宗教、そして科学の研究を促進し、その重要性をはっきり示すこと
③自然の説明されていない法則や、人間に潜在する精神的パワーを調べること (AE in the irish Theosophist)

当時ヨーロッパで支持者を増していた人種主義を否定し、インドも含むアーリア系の宗教や神秘主義を広く研究しようとするこの神智学信徒の考えが、ホルストの神秘主義やインドへの関心を生んだとまではいえないまでも、それらを高めた可能性は高い。


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クリフォード・バックス(Clifford Bax)1886-1962

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ジョージ・ウィリアム・ラッセル (Geroge William Russell)1867-1935


ではホルストがある種の「オカルティスト」であったのかというとそういうわけでもない。『惑星』作曲後には占星術への彼の関心は下がったとも言われている。そもそもホルストはオカルティストどころか、生前は女学校の教師という「堅気」の生活を送る知識人であった。重要なのは何故そうした知識人がオカルト的なものに魅了されるようになったのか、ということである。興味深いことにホルストと同時代の作曲家のスクリャービンやエリック・サティもまた神秘主義に影響されていた。何故ここまでオカルトやスピリチュアリズムが影響を持ったのか。ここで、当時のヨーロッパの知識人がオカルトをどのように捉えていたかを考えてみよう。するとそれが今とはかなり違っていたことが分かる。

現在オカルトやスピリチュアリズムというと、現実にはありえない現象を、さも本当にみせかけるもののように思われ、まともにあつかわれことは少ない。しかし19世紀後半から20世紀にかけてのアメリカやヨーロッパの一部の知識人は違った。これについては上山安敏氏の研究が詳しい。氏によると一部の知識人、特に心理学者はテレパシーやポルターガイスト(そこにいる誰一人として手を触れていないのに、物体の移動、物をたたく音の発生、発光、発火などが繰り返し起こる現象)、心霊現象を大真面目に研究していたのである。

ホルストのイギリスを見てみると、1882年に心霊現象研究協会が発足した。そのメンバーや支持者には驚くべきことに、ノーベル賞を受賞した科学者はもとより、仏の哲学者のアンリ・ベルグソン、後に外相になりイスラエル建国に関わる重要な宣言を出した大物政治家A・J・バルフォア、そして『シャーロック・ホームズ』の著者としてあまりに有名なA・コナン・ドイル、『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルが入っていた。アメリカでは1848年のフォックス姉妹の事件もあって心霊現象の関心が高まり、米の心理学の重鎮W・ジェームズを中心に心霊現象研究会が1885年に発足している(フォックス姉妹の事件とは、誰もいないのに姉妹の家の壁を叩く音が聞こえ、姉妹がYESなら叩く音を1回、NOなら2回と頼んでみたところ、音を叩く主の「心霊」がそれに従い、彼女らと交信できたという事件である)。またフランスでは1900年の万国博覧会の期間中に、催眠術学会や動物磁気学会が開かれていた(動物磁気とは動物に磁石をつけると流れると当時信じられていた磁気。病気の回復や催眠術に役立つと考えられていた)。

こうしたオカルト現象の流行は当時の心理学に大きな影響を与えた。当時心理学や精神医学では、その発展と共に、それまでの理論では説明のつかない心の病に対し関心が広がっていた。神経症(ヒステリーなど)や統合失調症(幻覚など)などによって、本来「理性的」であるはずの人間が起こす通常では不可解な症状を説明するためには、普段の意識とは別のレベル、つまり「無意識」の面に目を向ける必要があるのではないか。そう考えたのは、精神分析の父、フロイトであった。彼が患者の見る夢から、患者の無意識にある心理を見出そうとした「夢診断」は有名である。このフロイトに共鳴したのが、同じく後に心理学の重鎮となるユングであった。2人は無意識をどう探りだすか、という問題にさらに切り込んでいこうとした。その際に注目したのが、通常では人間が見せることのないものを見せてしまうオカルトやスピリチュアリズムだったのである。


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ジーグムント・フロイト (Sigmund Freud)1856-1935


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カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)1875-1961



だがオカルト現象やスピリチュアリズムをどう捉えるかで、師のフロイトと弟子のユングは微妙な違いを持っていた、と上山氏は指摘する。確かにフロイトは、ウィーンの神智学のリーダーであったフリードリヒ・エックシュタインと交際するなど、若いころからオカルトには関心を寄せていた(エックシュタインは神智学に傾倒した後、それから離れ独自の「人智学」を創始したR・シュタイナーを初めてブラヴァツキー夫人に引き合わせた人物である)。彼はまた自身の著書で神秘主義者の無意識の分析を評価していたそうである。
しかしフロイトはあくまで唯物論(世界はモノから出来ているという考え方)の立場からオカルト現象やスピチュアリズムの原因を科学的に分析しようとした。つまり現象をうのみにせず、その裏に実際どのような精神的な疾病や欠陥が隠されているか、精神分析を用いて明らかにしようとしたのだ。例えば後年の『モーセと一神教』では聖書の記述の矛盾から、ユダヤ人によるモーセの殺害という大胆な仮説を提起し、それが一種のコンプレックスとなって、ユダヤ人の心理に長く影響を与えたと考えた。
一方ユングは一歩進んで、スピリチュアルな現象そのものが、人々の根源的な無意識にある「心理」を表現していると考えた。
こうしてフロイトとユングはオカルトやスピリチュアリズムの解釈をめぐり対立する。ある日2人が「予知」の存在について議論をしていた時、フロイトがそれを拒絶すると突然傍らの本棚から物音がした。ユングはそれをポルダーガイストだ、もう一度起こる、と予言したところ、本当にもう一度物音がしたという。このような嘘のような本当のような逸話の真偽はともかく、フロイトとユングは1913年にとうとう決別してしまう。

こうしたフロイトとユングの対立点は実は同時代の他の知識人の間にも見られることを上山氏は他の著書で明らかにしている。フロイトのようにオカルトに関心を持ちつつも理性の側に踏みとどまって、オカルトをあくまで科学的見地から研究するのか。それともユングのように一歩踏み越えて、スピリチュアルな現象そのものに価値を見出すのか。後者が、晩年アーリア神話を賛美したナチスと近かったといわれることも考えるとこの問題は一層複雑である…

それはともかくとして、近代のアメリカやヨーロッパのオカルトブームは単に一時の流行では終わらなかった。それは理性では説明のつかない無意識や非合理主義への人々の関心を高め、実際に心理学などで重要な知的遺産を残す一方、知識人の間に亀裂を生むことにもなった。このように考えると、同時代を生きた知識人のホルストが、占星術をテーマにした曲を書いたのは特におかしなことではないと分かるだろう。今度『惑星』を聞く機会があれば、宇宙だけでなくホルストの生きた20世紀の社会や思想にも思いを馳せてみてみると、この曲の違った魅力が見えてくるのではないだろうか。



フロイトとユング――精神分析運動とヨーロッパ知識社会 (岩波現代文庫)フロイトとユング――精神分析運動とヨーロッパ知識社会 (岩波現代文庫)
(2014/09/17)
上山 安敏

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思想史学者の上山安敏氏がフロイトとユングの対立を軸に、自身の該博な知識をもって、近代ヨーロッパの思想的潮流を描いた名著。

ホルストの伝記はhttp://www.gustavholst.info/を参照。


(門前ノ小僧)





NASAによる木星で聴こえる音。
果たして木星には地球外生物は存在するのか。
宇宙は科学の世紀になってなおも神秘的だ。






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