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2012.01.06 (Fri)

ベルサイユ宮邸の音楽

明けましておめでとうございます。今年も微力ながら、ブログを通してクラシック音楽を楽しみ研究して参りたいと思いますので、お暇な時に立ち寄って戴ければ幸甚です。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

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(2001/12/21)
ブノワ・マジメル、ボリス・テラル 他

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「太陽の王」と呼ばれたルイ14世と音楽家リュリの物語。
個性の強い登場人物のキャラクターと、音楽・演出・俳優の演技が3拍子揃って見事にマッチし素晴らしい。


ずっと見たかったDVDを買ったが、とても良かった。
国内外のすべてを圧倒する様なあの有名なベルサイユ宮殿を建造させ、そこに力を持たせぬため貴族を住まわせ常に警戒し、絶対王政という国家体制を作りあげたフランス王ルイ14世。王に認められる事こそが出世の道だった当時、イタリアからやってきた名もないリュリは、王のいとこにイタリア語を教えた事から宮殿に出入りするようになり、そこでダンスや音楽を習い覚え次第に才能を表し、王の寵愛を受けるようになる。イタリア人である事が邪魔になると、名前もフランス式に替えフランス人としてとして生きる道を選ぶ。孤独な王に対し――古今東西、王様というものは孤独な存在なのだ思うが――いつも友の様に彼に寄り添い、音楽とバレーによってその心を癒す。常に行動を共にし、そこでとり行われる行事に楽団を率いてバックミュージックを付け盛り上げ、王の権威をより絶対的なものに高める為の音楽を次々に作曲し、王に忠誠の限りを尽くしていく。野心家で強烈であるが、実に才能豊かでもあった。
音楽的にはバロック中期に当るが、フランスバロックオペラの創始者で、フランスのオペラ公開劇場組織「王立アカデミー」(現在のフランス国立歌劇場「オペラ座 」の前身)でオペラを上演。17世紀のフランス音楽で最も重要で影響力のある音楽家である。彼の作風は、ベルサイユ宮殿では常に模範とされ、後のルイ16世とマリーアントワネット(モーツアルトが幼い頃御前演奏をした事は有名。革命時、贅沢を極めた事により処刑された。)の婚姻の席でもリュリのオペラが上演された。
たびたび初心者の生徒さんが弾く‘ メヌエット’もバッハより少し前の、このフランス王ルイ14世の時代に、踊りとともに初めて作曲され演奏されたのである。
たまたまTVの正月番組で紹介されていたのだが、この時代のベルサイユ宮で行われていたすべての事は、現代のフランスヨーロッパ文化の礎石となった様である。フランス料理の真髄であるソースも、この時代に当時の一級の料理人によって、王の口に合う様吟味研究し料理され、フランス料理の源流になった。(2010年フランス料理は初めて無形文化財として世界遺産に登録された。)
宮殿は一般市民にも開放され、これも第一級の造園家の手により造られた、噴水がきらめく広大で美しい庭園のみならず、王の食事風景までも見物する事が許されていた。晩餐には、ハンガリーから取り寄せた貴腐ぶどう(腐らせた葡萄)を熟成させたトカイワインに、小鴨のロースト無花果ソース(いちじく)添えなど、なんと毎日30種類近くの腕によりをかけた豪華なご馳走が並べられたそうである。ルイ14世はこれをひと通り口にすると、残りはお付きの家臣たちが食べ、それでも残ると小売店に払い下げられ、そこで売られて国民も食べることが出来た。踊りも音楽も狩猟も好きで、好戦的な王は、かなりの大食漢だった様だ。
毎日がおせち料理の様な、質素を旨とする日本の天皇とは、食生活の点に於いてもかなり違っていたと云える。


   
映画は、リュリの破天荒な生活ぶりを描き、更に、音楽と王への一途であるが強烈な愛情故に、友であるモリエール(17世紀フランスの劇作家。コルネイユ、ラシーヌとともに古典主義の三大作家の一人)とも絶交することになる。一方、ルイ14世は年をとりバレーも踊れなくなると、芸術に対する関心がなくなってくるが、次第に気高き王としての威厳や風格を兼ね備える様になり、リュリの新しい音楽にじっと耳を傾けはするものの、その心は徐々に離れ始めていく…。
演奏は、ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティーカ・ケルン


       




 引き続きクラシック万歳!!

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